第7回 中国のエイジテック企業

前回までは、ジャンル別になまざまなエイジテック企業の紹介をしてきたが、今回は趣向を変えて、中国のエイジテック企業をいくつか紹介したい。

連載第1回でも述べた通り、現在の中国は高齢化率12%(2020年)とさほど高いわけではない。しかし実は、高齢者(65歳以上)数はすでに1億2千万人を超えており、すでに中国は世界有数の高齢者大国である。中国でもエイジテックのスタートアップがいくつか誕生しているが、どちらかというと前期高齢者、元気シニアを対象としたサービスが中心である。

中高年のためのダンスチュートリアルアプリ

■糖豆(Tangdou)

・社名:Xiaotang Technology・創業:2015年・本社:中国 北京・Faunder&CEO:Zhang Yuan・URL: https://www.tangdou.com/

中国のエイジテック企業で、現在のところ最も成功をおさめているのが、中高年のためのダンスアプリを提供する「糖豆(Tangdou)=ジェリー・ビーンズの意味」だ。北京を本社とするXiaotang Technology の一部門としてスタートしたのち順調な成長を遂げ、今では中国国内で2億人のユーザーを抱えるまでに至っている。

もし、あなたが中国や香港、台湾を訪れたことがあるのならば、朝の公園や広場で音楽に合わせダンスをしている女性集団に遭遇したことがあるだろう。「广场舞(広場ダンス)」と呼ばれるそれは主に健康のために行われるものだが、糖豆はいわばそうした人々向けに開発されたコンテンツである。同社は中国で著名な広場ダンスの講師と契約を結び、チュートリアルビデオは日々更新されている。ダンスの学習機能として通常の動画再生に加え、スローモションや、鏡面(反転)機能など、より効率的にダンスを学ぶことができるような工夫がなされている。ダンス内容は、広場ダンスに加えて、ジャズダンス、社交ダンス、さらにはヒップホップまで広がっている。

当初、動画共有サイトから始まった糖豆は、2015年にはスマホアプリをローンチ、その後、WeChatからスマホアプリ、さらにはストリーミングサービスなどマルチプラットフォームでの展開を図っている。また、自らのダンスを披露アップする機能、ダンス仲間を募るコミュニティ形成機能、チャットでのコミュニケーション機能、さらにはレシピ動画なども備えられ、糖豆は単なるダンスチュートリアルにとどまらない巨大なエンターテイメント・プラットフォームになりつつある。2018年2月には、北京人民大会堂の舞台でスクエアダンスを披露、全国スクエアダンスコンペティションを開催するなど国家体育総局との連携も高めつつある。また事業拡大のための資金調達も順調に行い、テンセントのバックアップにより数回にわたる資金調達ラウンドで計1億米ドルの資金を得ている。

同社成功のポイントは手軽なスマートフォンにより、自宅や近所で手軽にダンスを学べるチュートリアルを無償で提供したことにある。同社の収益は、基本的には広告モデルによるもので、ユーザーは1日平均33分を糖豆動画や記事の閲覧に費やすという。こうしたロイヤリティの高い顧客基盤をベースに同社はさらにEコマース事業やダンス愛好家のためのダンス教室、ツアーなどのオフラインサービスの進出を計画している。

写真を通じた中国最大の中高年の仲間づくりSNS

■美篇(ビューティ)

・社名:美篇(蓝鲸人)公司・創業:2015年・本社:江蘇省南京市・CEO: タン・チー(汤祺)・URL: https://www.meipian.cn/

「銀髪市場」が活発な動きを見せている。それをデジタル領域において最も象徴的に示しているのが、中高年向けの写真SNS「美篇(メイピィェン)=ビューティの意味)」である。現在、中国を中心に約2億人のユーザーがこの美篇に参加しているという。

美篇はユーザー投稿・参加型のSNSで、その中心にあるのは写真投稿である。写真投稿を通じて、旅の思い出や、自分のフォトブック、自慢の写真(フォトコンテスト)、グルメ、や健康テーマで投稿し、新しい学びや仲間探しの機会を得ることができる。参加している人の殆どは中高年で、もしかすると美篇は世界最大のシニアSNSかもしれない。

美篇の特徴として挙げられるのは、単に写真を投稿するだけではなく、簡単に音楽を加えたり、文章やレイアウトを整えたりすることで、投稿の内容を美しく演出することができることにある。投稿内容は、他登録者からのコメントをもらったり、いいねマークがつけられる。このあたりは他のSNSと同様である。投稿内容はウィーチャット(WeChat)など他のSNSでシェアすることも可能だ。

例えば、「同窓会」では、多くの人々が自分の幼少期から現在までを振り返る自分史が写真と文章として綴られているが、そこにバックグラウンド・ミュージックが流れることで、投稿内容はまるで一編の物語を読んでいるような気にさせてくれるのである。ページを演出するための音楽やレイアウトは多数の楽曲(数百万曲)やフォント、500以上のテンプレートが用意されており、自分好みのページを簡単に作成することができる。しかも投稿内容は、フォットブックとしてオーダーすることも可能である。

同様に、「旅行写真」は国内外のさまざまな風景の写真が、「グルメ」では、それぞれの料理自慢の写真が投稿されている。趣味のテーマはこれ以外にも、小説、絵画、カリグラフィー、健康、音楽、知識、ゲーム、ファッション&ビューティー、ダンス、アウトドアなど多岐にわたっている。それぞれのテーマでは、専門家やプロのアドバイスも行われており、興味ある分野のテクニックを磨き上げるサポートも行われている。

美篇のビジネスモデルは、広告収入、印刷物、利用料金、バーチャルギフト(気に入った投稿にバーチャルの花を送ることができる)の4つで構成されている。利用料金は、月額制もしくは年間制によるサブスクリプションとなっており、月額19ドル、年間では198ドルの料金体系である。

美篇は2015年3月の設立以降、順調に登録者数を増やし、現在は2億人の登録ユーザーと4000万人の創作ユーザーを抱えるに至る。また設立以来、Tencent Double Hundred Plan、Matrix Partners、Zenith Fund、Mango Creative Fundなどの投資機関から合計1億8,000万元の融資を受けており、推定10億元に達しているという。

子供による親の見守り健診サービスを提供

■善(Sun Diagnostics)

・社名:善诊(Sun Diagnostics)・設立:2015年・中国 上海・創業者&C E O:呉弘興・URL:https://www.shanzhen.com/

中国上海に本社を置く「善诊(Sun Diagnostics)」は、高齢の親と子供を繋ぐ健康プラットフォームを構築する非常にユニークなヘルスケアカンパニーである。

同社は、「両親が健康であるために良い医療を見つけること」をミッションとし、80年代、90年代以降に生まれた子供たちが親の健康を管理することを支援するシステムを構築している。

具体的にはどういうことか。まず、子供が親のためにオンラインで健康診断の予約を申し込む。予約申し込みを受けて、親は中国全土300以上の都市、約3千の公立病院やブランド検診機関から身近な場所の施設を自由に選び、サービスを受けることができる。受診結果は本人のみならず、子供もオンラインで受け取ることが出来る。料金は子供が負担し、サービスは親が受ける、いわば親孝行としての健診ギフトである。2020年末には利用者数は累計で1千万人を突破し、このサービスの高い需要性を示すことになった

こうしたサービスが高い支持を受けているのは、近年の中国特有の事情も反映している。従来、儒教による敬老精神の強いこの国では、年老いた両親は子供が支える私的扶養が中心だった。しかし、急激な経済成長の結果、近年大都市部で働く子供と親とが離れて暮らす別居世帯率は増加している。こうした物理的な距離を埋めるべく、親のために健康や高齢者介護のサービスのためにお金を使うトレンドが生まれてきたと言えよう。コロナの影響もあってか、2021の母の日には、健康診断の注文数が前年比で237%も増加したという。

健康診断のサービスは顧客のライフスタイルや病歴、家族歴、年齢に合わせてカスタマイズすることが可能。それ以外に健康評価、疾病リスク予測、オンライン相談、個人健康コンサルタントなどさまざまな健康管理サービスを提供している。

同社はこれ以外にもさまざまな高齢者向けサービスを開発しており、最近日本でも活発になってきた、60歳以上80歳まで加入可能、100歳まで更新可能という一般的な年齢制限を打ち破るシニア医療保険の発売も行なっている。

同社の創業者&C E Oである呉弘興氏は「インターネット健康企業として、健康予防、健康管理を強化することで、高齢者層に積極的な予防と確実な健康保護を提供することで、社会全体の医療効率を構造的に向上し、若者の負担を軽減することができる」と語っている。