第10回 レガシーマネジメント

デジタル遺産の保管庫
■クロークル(Clocr)
・社名:クロークル(Clocr)・創業:2018年・本社:テキサス州オースチン・CEO&共同創業者: アポルバ・チンタラ(Apoorva Chintala)・URL: https://clocr.com/
個人に関わる情報や金融資産がデジタル化していく中、もし本人に万一何かが起きた場合、そうしたデジタル資産をどのように対応すべきか、社会的合意も体制もともに日本では不明確であると言えよう。場合によっては、死亡後もデジタル資産がそのまま放置され、その内サイバー・ハッカーによって資産が奪われてしまうということも起こりかねない。一方で、本人が死亡した後、妻がデジタルストレージのアカウントにアクセスするためのI Dパスワードを知っているからといって、必ずしもそこにアクセスし資料をダウンロードして良いわけではない。利用規約で所有権の移転が認められていない場合、ハッキングの罪に問われる可能性もあるのである。アメリカでは、こうしたデジタル遺産に関する相続やアクセスに関する法律「デジタル遺産アクセス法(RUFADAA)」が2014年に制定されデジタルデバイスやインターネット上にあるデジタル遺産が適切に相続できるようになった。法律施行後は、故人の生前の意思により、誰が「デジタル遺産」にアクセスできるのを定めることができるようになった。
2018年にテキサス州オースチンで創業したクロークル(Clocrクラウド・ロッカー(cloud locker)の略)は、こうしたデジタルを巡る環境整備を受けて生まれた企業で、オンラインやデジタル資産を効率的に整理し、相続人を特定し、緊急事や死亡時に必要な情報にアクセスすることができるようにするオールインワンのデジタル資産プラニングプラットフォームである。
クロークルは、デジタル資産を効率的に整理し、相続人を特定し、緊急事や死亡時に必要なものにアクセスできるようにする。またデジタル資産をどのように選択した受取人に分配するかを指示することができる。
ここで語るデジタル遺産とは、例えば遺言書や信託の保管場所、銀行口座の番号、住宅ローンの名義人、所有している投資先情報など。また個人で所有する機器や会員券なども含まれる。
また友人との思い出深いメールや写真、ビデオなど、デジタルで保存している個人的なメッセージや思い出、アドバイスなども保存対象であり。これを人生の物語として記録し、将来タイプカプセルとして送り届けることも可能だ。
当然のことながらデジタル資産を扱うクラウド・ロッカーとして、セキュリティには最大の注意が図られている。ネットワーク通信には256ビット暗号を使用すると同時に、データはデジタルシュレッダーにかけられ、それぞれの断片は異なるクラウドストレージに分散して保管されるので、例え誰かがひとつのストレージに侵入したとしても、ファイルを閲覧することは不可能だ。
アプリで簡単に遺言書が無料で作成できる
■トゥモロー(Tomorrow Ideas,Inc)
・社名: トゥモロー(Tomorrow Ideas,Inc)・創業:2016年・本社:シアトル・ワシントン州・CEO:デイブ・ハンリー(Dave Hanley)・URL: https://tomorrow.me/
トゥモロー・アイデアズ・インク(以下トゥモロー)は、2016年にワシントン州シアトルで創業したベンチャーである。スマートフォンやタブレットのアプリから、遺言書や生前贈与などの公的文書を手軽に無料で作成できるサービスを提供している。通常こうした法的文書を弁護士や行政書士に依頼すると、高額な費用が必要とされるが、トゥモローのアプリを活用して作成すれば無料で作成することが可能となる。公的文書には、以下のようなものが含まれる。
遺言信託(Pour-over will)、生前贈与(Living Trust)、任意後見(Advance Directive)、高度医療指示書(Medical Consent for Kids)、委任状(Power of Attorney)
これらのサービスを利用したい人たちは、アプリをダウンロードし、アプリの指示に従って操作すれば、後見人、遺言執行人、管財人などを誰にするかを決定したり、家計を整理し全ての口座の資産額を確認したり、自分が保有する貴金属やさまざまな資産を誰が受け取るかなどを記録することができる。更には、思い出のビデオを録画し、家族と共有したりすることも可能だ。
トゥモローのアプリは、いくつかのパートに分かれている。
<家族と役割>
ここでは、ユーザーは自分を頼りにしている家族や、自分の願いを実行してくれる家族を確認する。配偶者や子供たち、両親、兄弟、親戚、親しい友人など、いつか遺産を受けるかもしれない人たちが対象になる。そして、それらの中で信頼できる人は、後見人、遺言執行人、管財人などの重要な役割に招待され、その役割の責任を説明する情報が送られる。アプリでは、携帯電話に登録されている既存の連絡先を活用して簡単に手続きを行うことができるようになっている。また同じくアプリで設定した役割を変更することも簡単にできる。
<資産と持ち物管理>
ユーザーの保有する資産、私物、負債などをリストアップし、それらの写真を加えることもできる。そしてリストアップされた資産を、自分が亡くなった後に、家族や友人の誰に譲りたいかを信託の一部として割り当てることができる。彼らに自分の意思を伝えるために通知を送ることもできる。
<ライフ>
このセクションでは、複数の手頃な価格の定期生命保険を購入することができる。アプリで入力された情報を元にして、ユーザーが必要とされる適切な保険金額をトゥモローがリコメンドする。同社は、プロテクティブ・ライフ・インシュランス・カンパニー、プルデンシャル・ファイナンス、アメリカン・インターナショナル・グループなどAランク保険会社の生命保険を取り扱っている。
<遺言と信託>
このセクションでは、上記を通じて入力した情報を、法的拘束力のある文章として変換し、ユーザーが署名できるカスタムP D Fファイルとして送信できる。出力される文書は、各州の法律に準拠した形で提供される。そしてこれらの文書は全て無料である。
公的書類作成サービスは、オンライン上のウェブサイトや相続ソフトなどでも提供しているが、それらはいずれも有料。これに対してトゥモローは、基本は無料で提供されている。(但し、プレミアムサービスは有料)これらサービスが無償で提供できるのは、先に述べた生命保険に関わる収益がこのビジネスモデルを支えているからである。
トゥモロー(Tomorrow Ideas, Inc.)は、2016年にワシントン州シアトルで、デイブ・ハンリー(CEO)、ジョシュア・ヘカソン(Joshua Heckathorn)(COO)、エリック・クショル(Erik Kjell)の3人によって共同設立された。彼は、後にアマゾンに買収された書籍のソーシャルカタログウェブサイトシェルファリ(Shelfari)のマーケティング担当副社長、ソーシャルメディアエージェンシーのバンヤン・ブランチ(Banyan Branch)(後にデロイトに買収)の共同設立者を経験した後に、トゥモローを創業した。
トゥモローの活動は保険業界からも好意的に迎えられており、2018年のシリーズシードラウンドでは、シナイ・ベンチャーズリードのもと、保険業界のリーダー的存在であるアフラック・コーポレート・ベンチャーズ、アリアンツ・ベンチャーズ、Maschmeyer Group Ventures が参加し、420万ドルを調達しているなど、同社の事業拡大に期待を寄せる声は高い。
※Tomorrow Ideasは、2022年1月に米国でオンラインでの生命保険の提供を行っている企業Ethosに買収され、現在はEthosの一事業部門としてサービスの提供を行なっている。
終末期プランニングをワンストップで提供するプラットフォーム
■ケーキ(Cake)
・社名:ケーキ(Cake)・設立:2015年・本社:マサチューセッツ州・ボストン・CEO & Co-Founder:スーリン・チェン(Suelin Chen)・URL: https://www.joincake.com/
ケーキ(Cake)という、一見ふさわしくないように思える名前を持つこの企業は、インターネット上で終末期に関する無料プラニングツールを提供しており、毎年数百万人がこのサービスを利用している。
自らの終末期に関する要望、例えば、自分に何かあった場合にどのようなケアを受けたいか、遺産相続をどのようにしたいか、望む葬儀の形や埋葬の方法、オンライン上のデジタルストレージの処分方法といったオンライン上の質問に対して、「はい」「いいで」と答えて行くだけで、自らの終末期の要望を整理することができる。いわばデジタル版のエンディングノートとも言える。
登録された情報は適切な方法でクラウドに保存され、家族や友人と共有することもできる。ケーキのプラットフォームは、非常にシンプルで使いやすい設計デザインになっている。自らの終末期の要望を考えることは、実は非常に辛い気持ちを引き起こすものである。そうした記入の困難さをクリアする使いやすいオンラインダッシュボードとして設計されている。
終末期の望みを事前に選択することで、望まない経済的損失や、希望しない医療介入を防ぐことができる。
ケーキは、本人にとっての終末プラニングだけでなく、残された人々のために死後に対応すべき情報も提供してくれる。例えば遺言を執行する者の行動ガイド、葬儀や追悼を行うためにどのような手順を踏むべきか、銀行口座やNetflixなどのアカウントの閉鎖と管理の方法など、そしてグリーフケアに関する情報も示してくれる。オンライン上には、グリーフに関するアドバイスを求めるコミュニティも開設されており、身近な人を失った悩みを相談できる。
これらのサービスは無料で提供されており、個別の専門家によるアドバイスやサポートを受けたい場合のみ有料月額制のサブスクリプションを選択することができる。運営に関する収益は、アフィリエイトによる収益やパートナー企業のためにケーキのカスタマイズ・バージョンを作成することで収益を得ている。
ケーキの共同設立者であるスーリン・チェン(Suelin Chen)は、元々マサチューセッツ工科大学(MIT)で工学博士号を取得した後、前立腺がんの治療に関する医療技術を研究した。その後、ボストンでヘルスケア企業のコンサルタントやトランザクション・アドバイザーとして活躍する中で、終末期医療に関する関心を高めた彼女は、ハッカソンを通じて後に共同設立者となる緩和ケア医師のマーク・チャンと知り合い、共にケーキの原型となるアイデアを生み出したのである。
「デジタルネイティブの世代が高齢化するにつれ、人々が終末期の計画にデジタルソリューションを求めるようになるのは必然的なことです。終活プランは、どこからでもアクセスして更新できるクラウド上で安全に保管されるべき情報であり、どこかの引き出しにしまっておく紙切れではありません」とスーリン・チェンは語っている。
彼女は、積極的な終末プランニングは、私たちの人生や愛する人たちの人生を尊重する、思いやりのある寛大な行為であり、それゆえに人生を祝い、尊重することを象徴する、温かみのある言葉として”ケーキ”という言葉を社名に選んだと語っている。
パンデミックの影響で、終末期の生活設計に対する関心にも拍車がかかっており、2021年4月までに、Cakeのサービスに対するユーザーのエンゲージメントは400%以上増加したと言う。