第4回 ヘルス・プリベンション(健康予防)

さまざまなエイジテックの中で、注目すべき領域のひとつがこのヘルス・プリベンション(健康予防)である。日々の健康状態をデータ解析し、異常が実際に発生する前に予兆を告知する。年1回の健康診断か、自覚症状でしか得られなかった異常情報を、日常のデータ・モニタリングを通じて得ることが出来る。これにより医療診断を受ける前に重篤化リスクを予知することが可能となり、離れて暮らす親の健康異常などの早期発見も可能となる。これを実現するのがAI(人工知能)による機械学習である。過去に収集されたデータや日常活動で収集されたヘルスデータを教師データとして機械学習を行うにより、今後起こり得るさまざまなリスクを予測することが可能となるのである。転倒リスク、健康異常リスク、認知症リスクといった高齢者特有のリスクをAI活用によってあらかじめ予知することができる。データサイエンスによる技術開発が現在生まれている。

転倒リスクを事前に予知するバランス測定器

■ジブリオ(ZIBRIO)

・社名:ジブリオ(ZIBRIO)・創業:2015年・本社:ヒューストン・テキサス州・CEO:キャサリン・フォース(Katharine Forth)・URL: https://www.zibrio.com/

高齢期に要介護状態にならないためのひとつに挙げられるのが、転倒リスクを避けることである。足の筋力が弱まるとちょっとしたことでつまずきやすくなる。「骨折・転倒」は女性が要介護となる理由の3位を占めている。それだけ、つまずく人が多いということだ。

テキサス州ヒューストンのテキサス・メディカル・センター(Texas Medical Center)で活動するメンバーを中心に開発されたジブリオ(ZIBRIO)は、自分の身体バランスを測定することができる体重計である。

測定の仕方は極めて簡単である。ジブリオの上に乗り、1分間じっと静止しているだけである。しかし実際に何もせずに、60秒間間立ち続けるのは、実は極めて困難だ。よほど体幹が強い人でない限り、人は直立を保つために小さな体のバランス調整を行っている。

ジブリオ(ZIBRIO)は、そうした身体がバランスを取ろうとする圧力変化の動きを全て測定。ディープラーニング・データを適用して、ユーザーの姿勢制御における安定性と不安定性のパターンを識別し、10点満点のバランススコアとして算出する。そして、ユーザーが今後12か月間に転倒するかどうかの可能性を予測するのである。

バランススコアを算出する技術は、BrioCore®テクノロジー(特許取得)に基づいており、宇宙飛行士やアスリート、高齢者などを対象に15年間にわたり蓄積されてきた研究成果がベースとなっている。

簡単に客観データとして見ることが可能となることで、自分のバランスが低下しているのか、バランスエクササイズの効果が出ているのかを知ることができる。理学療法士なども、臨床の場においてクライエントの状態を把握することができることで、的確なトレーニング指導を行うことができるようになるだろう。

ジブリオ・チームのCEO、キャサリン・フォースは、運動制御の博士号を持ち、NASAで博士号取得後の研究を行った姿勢の安定性に関する専門家である。

2014年から、高齢者に関するバランスの研究を始め、その後シードラウンド資金を調達することで、研究にさらなる厚みが加わった。

2019年にはSXSWのピッチコンテスト、ヘルス&ウェアラブル部門、NASAピッチでファイナリストに選出され、2020年にはAARP のInnovation Labs のGrand Pitch Finaleでなどで優勝を果たしている。

高齢者の健康状態の変化をいち早く感知する

■テンポ(Tempo)

・社名:ケアプレディクト(Care Predict)・創業:2013年・本社:フォートラウンデール・フロリダ州・ファウンダー&CEO : サティシュ・モヴァ(Satish Movva)・URL: https://www.carepredict.com/

ケア・プレディクトが提供するのは、高齢者の健康状態を監視し、予防につながるアラートを提供するAIウエアラブル端末、テンポ(Tempo)である。

一般に年齢が高くなるほどに日々の健康のコンディションは次第に不安定になる。日常のちょっとした変化に気づけないことが、その後の健康悪化につながってしまう場合もある。

ケア・プレディクトのテンポはこうした高齢者の日常行動パターンを常にモニタリングし、健康状態の低下の兆候に気づき、早期介入を図り、予防に繋げることを目的としている。

例えば、同社によると高齢者がうつ状態になる場合、その数日前から、落ち着かない睡眠パターン、衛生状態の悪化、食事パターンの変化などが見られるようになる。テンポこの微妙な変化を検出し、健康状態の悪化を予測するのである。

腕時計型の端末がリモートセンシング技術を使い、食事、歩行、位置情報、活動レベル、睡眠時間、睡眠の質、料理、入浴、食事時間といった情報を常時収集する。継続的に収集されたこれらの情報は深層学習システムで解析され、高齢者の行動パターンを学習し、そのパターンの変化を予見する。最終的な予測と警告は、ブラウザやスマートデバイス上で自動化されたデジタルダッシュボード上で、実用的なウェルネスインサイトとして介護者に提供される。  

こうしたテクノロジー活用により、転倒、栄養失調、うつ、セルフネグレクト、栄養失調、尿路結石といった深刻なリスクを引き起こす前の小さな変化に気づき、早期に注意を払うことができるのである。実際にこれを使うことで、尿路感染症を臨床診断より最大3.7日早く、うつを実診断よりも2週間早く予想できたそうだ。

最近一般家庭での使用も始まったが、主にテンポが使用されているのは介護施設である。転倒情報を含むすべての注意アラートをスタッフにプッシュ送信することで、問題が発生する前に発見することができる。また双方向のマイクが内蔵されており、高齢者が必要なときにいつでも助けを求めることができ、さらにドアキーとしても使うことができる。

会話を通じて健康リスクを予知するA Iボット

■マイ・エレノア(MyEleanor)

・社名:マインドユー(MyndYou)・創業:2015年・本社:ニューヨーク・ニューヨーク州・ファウンダー&CEO : ルース・ポリアキネ・バルチ(Ruth Poliakine Baruchi)・URL: https://myndyou.com/

マインド・ユー(MyndYou)は、高齢者との定期的な会話を通じて、直近に起こりそうな健康リスクを察知し関係者に伝えるサービスを提供する企業である。そして、その会話を行う主体は生身の人間ではなく、A Iを活用した自動音声ボットである。

マインド・ユーの音声ボット、マイエレノア(MyEleanor)は、指定された高齢者の元に定期的に電話をかけ会話する。会話の内容は、最近の健康状態に関する話かけや、定期的に服薬しているかどうか、慢性疾患の管理状態などに関する質問である。A Iエンジンで行われるマイエレノアの会話は、多少の不自然さは感じられるものの、会話自体は普段の人間との通話とさほど変わることなく行われている。

会話を通じて得た情報、加えて感知された声の微妙な変化などを独自のデータ解析エンジンを活用し、リスクのある人を探り当て、HIPAA法(電子化した医療情報に関わるプライバシー・セキュリティ保護法)に基づいて、ケアチームに適切な情報を提供する。感知される情報は、例えば、健康状態の悪化、服薬に関するトラブル、転倒リスク、認知症リスクなどの事項である。

認知機能の低下は、慢性疾患の急性増悪と相関することも多く、身体的な悪化や入院のリスクが高まることが予測できる。マインド・ユーは、脳の健康状態の指標である「コグニティブ・コンプレキシティ(Cognitive Complexity)」の力を利用して、慢性疾患の急性悪化につながる異常を早期に検知する。

このバーチャル・ケア・アシスタントを活用することで、一人一人、人間で行っていると多大な労力と手間、判断がかかる作業を、AIの力を借りることで、リスク対応が必要とされる人の一次的トリアージ(選別)を簡便に行うことができる。

マインド・ユーによると、複数の慢性疾患を持つ高齢者集団に対し、マイエレノアを利用したところ、ケアマネージャーよりも3倍多くの転倒を検知・報告し、メンバーの1割が定期的に服薬していないことが判明したそうだ。

現在このサービスを利用しているのは、主に生命保険会社、健康保険組合、病院などの法人組織である。保険加入者や組合員の健康状態をマイエレノアで定期的にモニタリングすることで、起こりえるリスクを事前に取り除くことで、引いては組織全体のコスト削減、リスク低下に繋げることができる。

副次的には、定期的に電話を行うことで高齢者や患者の孤独の解消につながるという効果もある。誰かが自分の健康や幸福を気にかけてくれていると感じるのは、本人の精神安心に繋がるのである。

世界の状況を改善することを目的とした官民協力のための国際組織「世界経済フォーラム」は、マインド・ユーを2021年に最も有望なテクノロジー・パイオニア100社に選出している。

●認知症対策

A Iを活用した認知トレーニングツール

エフェクティベイト(Effectivate)

・社名:エフェクティベイト(Effectivate)・創立:2018年・本社:Tel-Aviv Center、イスラエル・CEO and Co-founder :シャイ・グラノ(Shai Granot)

エフェクティベイト(Effectivate)が提供するのは、高齢者(50歳以上)のための記憶トレーニングサービスである。利用方法は非常に簡単でPC、タブレットでエフェクティベイトのサイトにログインするだけである。サイトで提供されるのはさまざまな脳トレゲーム・ツールである。ウェブ上に現れるさまざまな脳トレゲームを1日15分週3回、7週間行うだけで認知記憶が向上するという結果が現れているという。エフェクティベイトが提供する脳トレゲームが、他社のそれと最も異なるところは、A Iを活用している点にある。個人の脳トレ結果に基づき、提供されるゲーム内容のレベルは異なってくる。いわゆるパーソナライズされたテーラーメイドの記憶トレーニングプログラムとして提供されるのである。

例えば、高齢者向けの脳トレ(認知機能の低下予防)として力点が置かれたひとつに「結合力」がある。例えば果物のオレンジとオレンジ色のバクケットボールは、色は同じであるが、形状は似ていても結果として異なる。こうした類似したものから何が似ていて何が異なるかを短時間に判断する能力をゲームとして提供している。またこれ以外にもさまざまな認知理論に基づくゲームが用意されている。トレーニングの結果は、統合ダッシュボードに時系列で表示され、プログラムの進捗状況なども確認できるようになっている。サービスはサブスクリプションモデル(月額制)として提供され月額8千円程度の利用料となっている。

会話音声で認知症、うつ病などを早期発見

■ウインターライト・ラボ(Winterlight Labs)

・社名:ウインターライト・ラボ(Winterlight Labs)・創業:2015年・本社:カナダ・トロント・CEO & Cofounder:リアム・カウフマン(Liam Kaufman)・url: https://winterlightlabs.com/

AIによる音声の認知症解析画面

カナダ・トロント発のスタートアップ、ウインターライト・ラボは、会話をA I解析することにより、アルツハイマー認知症などの神経疾患や、うつ病など精神疾患の早期診断を可能とするプラットフォームを開発している企業である。

これらの病症には正式な診断が下されるずっと前から、会話の内容の中に発症の兆候が潜んでいる場合がある。つまり、神経疾患や精神疾患の兆候として、話す速さ、間のながさ、選ぶ言葉、人間の耳には聞こえない声の振動などが微妙に変化してくるのである。同社の研究によると、認知機能障害の兆候がある人は、単語検索の困難さが増加し、情報量が減少する、複雑な構文を使うことが減るといった特徴が現れるという。同社は病気により現れてくるこうした会話上の兆候を、大量の音声データを解析することで、数百の音声バイオマーカーとして抽出し、診断をサポートするプラットフォームとして構築した。現在、同社の診断ツールを活用すれば、アルツハイマー病や認知症の初期症状を非常に高い精度で特定することが可能となっている。

同社のこれら開発技術は、タブレットを使ったAPIアセスメントツールとして提供されている。これにより、臨床的に検証された音声ベースのバイオマーカーに簡単にアクセスして使用できるようになり、他社とのシステム連携も可能となっている。

一般にアルツハイマー病や認知症の病症診断は専門診断医によって行われ、大幅な時間とコストがかかる。しかし同社の診断システムを活用すれば、大幅な改善が図れる可能性がある。

ウインターライト・ラボ社は2015年に設立。カナダ・トロント大学の大学院生であったケティ・フレイザー(Katie Fraser)が、上記に述べたような音声・言語マーカーを発見し、この知見をベースにコンピュータサイエンス学部の同僚であったリアム・カウフマンLiam Kaufman、マリア・ヤンチェバMaria Yancheva、フランク・ルジッチFrank Rudzicz助教授ともに設立した大学発ベンチャーである。同社には、計算言語学、認知神経科学、機械学習を専門とするメンバーが集結している。

同社の開発技術は、現在多くの製薬会社や高齢者レジデンス施設などから注目を浴びており、ジョンソン・エンド・ジョンソン社、次世代治療薬を開発するPear Therapeutics社、バイオテック企業のAlector社などの企業と、初期段階のアルツハイマー病や認知症の音声バイオマーカーを開発する契約を締結した。

現在は英語のみを対象としているが、2022年にはフランス語、スペイン語、ドイツ語の言語分析が可能となる予定である。