新連載 エイジテック革命 超高齢社会のデジタルイノベーション
「エイジテック革命 ー超高齢社会のデジタルイノベーションー」を連載開始します。エイジテックの概要、特徴、具体的な海外事例を中心に原則毎週月曜日に記事を更新します。
第1回 世界が注目するエイジテック
エイジテックの時代
21世紀を迎え二十余年が過ぎた現在、第4次産業革命が進行していると言われている。このイノベーションのコア・テクノロジーは”データ”である。第1次産業革命は、“蒸気機関”、第2次産業革命は、“電気と内燃機関”、第3次産業革命は、“コンピュータ”が、それぞれの産業革新の中心となり、生産性を劇的に向上させた。第4次産業革命はAI、IoT、VR/XRなどの新技術とともにデータが原動力の役割を果たすことが期待されている。
こうした動きの中、フィンテック、フードテック、スリープテック、フェムテックなどあらゆる分野のデジタル・イノベーションが進んでいるわけであるが、本書の主題であるエイジテック(Age Tech)もそうしたデジタル技術革新のひとつである。
エイジテックを一言で表現すると、「高齢者を対象とした各種のサービスやソリューションのデジタル技術革新」である。各種のデータサイエンスの活用を通じ、これまで提供されてきた高齢者関連領域におけるサービスの改善がなされ、効果的な健康予防・健康維持法が創出され、高齢社会関連課題が解決されることが期待されている。そしてこうした動きが、現在国内外で起こりつつある。
エイジテックが対象とする領域は、健康維持や介護予防などのヘルスケア分野を中心としつつ、必ずしもそれらの分野に留まるものではない。より幅広い領域の高齢者課題テーマがエイジテックの対象である。高齢者の買い物支援、オレオレ詐欺防止、金融サポート、遺産相続、孤独を防止する人との繋がり支援などもエイジテックのテーマである。高齢化が進行する中で高齢者の抱える課題はさまざまで、エイジテックが貢献できる領域は多岐に存在する。
エイジテックは、“ジェロントロジーテック(Gerontrogy Tech)”と呼び換えることもできる。ジェロントロジーとは、老人を意味するギリシャ語の”Geront”に学を示す”ology”が接尾した造語で、「老年学」「加齢学」を意味する。老年期の変化、特徴、問題などを研究対象とする学問領域であり、その範囲は、老化理論、老年医学を中心としながら、社会関係、所得保障、雇用、社会参画、高齢者支援機器・技術、住宅、まちづくり、アクセシブルデザインなど、高齢期において特有的に関わる幅広い主題を対象とする学際領域である。ジェロントロジーテック=エイジテックは、こうした分野における各種の高齢者課題を学問としてではなく、デジタルテクノロジーにより実務的・実践的に解決に導こうとするものと言える。
ちなみにジェロントロジーテック(ジェロンテック)という言葉は以前から使われていたものの、概ね介護や障害を対象とした福祉工学や支援工学(Assistive Technology)分野を示すものとして使われる場合が多かった。エイジテックは、従来のジェロントロジーテックの概念を包含しつつ、より幅広いジャンルでのデジタルテクノロジー・ソリューションを指し示すものである。
本書で紹介するエイジテックの事例は、欧米のケースが中心である。残念なことにエイジテックは、日本ではなく欧米主導で進みつつある。それは取りも直さず、21世紀前後からはじまったデジタル領域が新たな産業成長をもたらす革新分野であるという本質に日本が気づけなかったからである。そしてこの分野で必要とされるデータを扱うための情報学(コンピュータ科学)や統計学、さらに人工知能分野の人材育成にも遅れを取り、さらにはデジタル技術利用促進に関わる法制度整備についても欧米諸国に遅れをとってしまっていることが現在の状態に影響を与えている。
世界で最も高齢化が進み高齢化由来の社会課題が満載である日本が、エイジテック分野で遅れをとっていることは忸怩たるものがある。しかし、近年ようやくデジタル人材の養成に後塵を拝していると気づいた日本政府は2016年に「人工知能戦略会議」を設置、AIを社会実装させる取り組みを本格化させ、2021年には3年間で4千億円の政策パッケージを創設、デジタル人材の育成に本腰を入れるとの発表を行った。こうした施策が実を結んでいけば、日本でもいずれエイジテック領域での新しい試みが加速することだろう。
ここでは欧米諸国を中心とするエイジテックのスタートアップ、ベンチャー企業の動きを中心に紹介する。これらの動きを紹介することで、日本においてもエイジテック分野で新たな取り組みが始まり、超高齢社会における課題解決技術が実現することを期待したい。
進む世界の高齢化
エイジテックが注目される背景のひとつには、言うまでもなく世界全体が高齢化しているという事実がある。過去の世界の歴史を振り返っても、現在ほど高齢者が存在した社会はなく、そしてさらに高齢者数は増加すると予測されている。
図表1 世界の人口及び高齢者人口の予測
United Ntions:World Population Prospects 2019 (https://population.un.org/wpp/Download/Standard/Population/)を筆者加工
国連の将来人口推計(2019)によると、世界人口総数は2020年の78億人から2050年には97億人となり、30年間で31億人増加すると見込まれている。その中で最も増加率が高いのは65歳以上のセクターである。2020年時点で、7億人の高齢者人口は、2050年に15億人と倍増し、さらに2100年には25億人になると予測されている。2020年時点で世界人口のわずか9%である高齢化率(65歳以上比率)は2050年には16%、2085年には世界全体が超高齢化社会の定義である21%を超えるのである。
(WHOの定義では、人口に占める65歳以上の比率が、7%以上14%未満を「高齢化社会」、14%以上21%未満を「高齢社会」、21%以上を「超高齢社会」としている。)
図表2 2030年の主要国の高齢者人口と高齢化率推計
United Ntions:World Population Prospects 2019 (https://population.un.org/wpp/Download/Standard/Population/)を筆者加工
図表2は2030年における主要先進国の高齢者人口を横軸にと高齢化率を縦軸とし、人口の大きさをバブルチャートで示したものである。これを見ると、高齢化率(65歳以上比率)が高いのは、日本を筆頭に、イタリア、ドイツ、フィンランド、フランスなどの西欧諸国、シンガポール、マレーシアなどの東南アジア諸国であることがわかる。一方、高齢者人口の総数を見ると圧倒的に多いのが中国、次いでインド、米国、日本の順となる。インド、中国は高齢化率で見ると、それぞれ2030年時点でそれぞれ9%、17%とまださほど高くはないものの、高齢者の実数で見ると1.2 億人、2.5億人と極めて巨大な高齢者人口である。この二国に米国と日本の高齢者人口を加えると計4.7億人となり、この時点の世界の高齢者人口のほぼ半数をこれら4国が占めることになる。高齢化率の高い国と高齢者人口の大きい国という2つの側面から高齢者市場を捉えることが重要である。高齢化率の高い国では、高齢化課題がより明確な形で顕在化している。これら国々でエイジテック技術を活用したソリューションが開発されれば、その後遅れて高齢化が進む中国、インドなどの巨大市場での展開も期待することができる。こうした巨大高齢者マーケットの出現を前にして、期待されるのがエイジテックという新たな高齢課題解決ソリューションなのである。
高齢化の進展が新たな高齢者市場を生み出す
世界中で高齢化が進展する理由をM.I.Tエイジラボの所長ジョセフ・F・コフリン氏(Joseph F. Coughlin)は、『長寿経済(THE LONGEVITY ECONOMY)』の中で、「多くの国で平均寿命が伸び、長寿化したこと」、「21世紀以降、低所得国を中心に 出生率の急激な低下が起きたこと」、「第二次世界大戦に参戦した多くの国で起こった戦後のベビーブーム」、の3点を挙げている。そして高齢者の増加により、「長寿経済(THE LONGEVITY ECONOMY)」と呼ばれる新たな市場が創出されるが、その内容は明らかに今までの若者壮年層を中心とするものとは異なり、「高齢者介護・医療費、年金制度」などに加え、「新しい(高齢者)の労働市場」や「(見守りニーズや高齢者が快適に過ごせるための)スマートホーム技術」などの新たな需要の高まりが生じると語っている。
同じく、米国最大の高齢者NGO組織であるAARPもレポート『長寿化経済の展望(The Longevity Economy Outlook)』(2018)で、高齢者人口の増加が経済にもたらすポジティブな側面について語っている。AARPは1958年に教員退職者のための団体(旧称アメリカ退職者協会(American Association of Retired Persons))を母体とするNPO団体で、現在全米3700万人以上の会員を持つ。50歳以上の人々が参加資格を持ち、高齢者のための権利擁護に向けたさまざまな活動を行なっている。
同レポートでは、米国内の高齢者人口増加により、高齢者の、①米国経済への貢献、②コミュニティへの社会的貢献、③税金への貢献、④雇用維持への影響性が高まると述べている。同レポートが主張しているのは、高齢者が単に消費金額の増加をもたらすということだけではなく、「新たな市場創造を促す」という指摘である。
「(高齢者数の増加は)革新、創造的な市場ソリューション、そして市場成長を必要とする重大な機会を提供することになる。そして、現在および将来の成長市場に対応するためには、公共政策、職場文化、製品・サービスの設計・提供、広告戦略の調整が必要となる」。そして、「高齢者の増加は社会の活力を奪うという一般的な先入観とは異なり、この長寿経済の見通しでは、50歳以上の人々が今後も社会に貢献し、経済成長、イノベーション、新たな価値創造の原動力となる」と結論づける。要は新たな高齢者の増加が、従来のシニアマーケットにポジティブな変化をもたらすと語っている。
両者の内容を整理すると、①高齢者の増加で消費者としての高齢者の存在感が高まること、②その消費の内容も(従来の若者中心の消費とは異なる)高齢者特有のニーズに変化していく可能性が高いこと、③新しいニーズに対応するための製品開発やイノベーションの機会が高まること。加えて、④高齢者の増加により消費市場のみならず、公共政策、労働市場など幅広い領域へ影響を及ぼすことになるだろう、という指摘である。
この意見については、筆者もおおむね賛成であるが、ただ、ここで一点留意しておかねばならないのは、一口に高齢者市場と言ってもその内実は大きく異なるという点である。仮に65歳以上を高齢者市場と捉えても、65歳と85歳では、健康状態や生活ニーズは大きく異なる。単純にシニア(高齢者)と括るではなく、より細やかな分け方が必要だ。日本では、医療保険制度上の区分から、前期高齢者(65歳以上 75歳未満)、後期高齢者(75歳以上)という分け方がなされる。海外の研究では、ヤング・オールド(65歳以上74歳未満)、ミドル・オールド(75歳以上84歳未満)、オールデスト・オールド(85歳以上)という分け方もなされるようである。
このような年齢(加齢)差や世代意識差により、それぞれの高齢者の支持する市場内容は異なってくるだろう。ヤング・オールドでは、健康状態もさほど悪くなく、アクティブに活動したいという意識も高い。この年齢においては趣味やフィットネス、スポーツ、旅行などの各種アクティビティに積極的な支出を行おうとする意識も高いだろう。しかし、さらに加齢が進んミドル・オールドになっていくと、徐々に健康状態に不安が生じ、高齢由来の慢性疾患も抱えがちである。そうなると、アクティブな活動に支出というよりは、健康維持や医療のための支出の比率が自ずと高まるようになる。さらに、オールデスト・オールドとなり、自立生活が困難ともなれば、介護という形で誰かの手を借りながら生活することも生じ、そのための支出が必要とされる。このように年齢の各段階において、消費の内実は少しずつ変わっていくのである。そして高齢化が進み続けるということは、日常生活の困難を抱えた人が実数的に増えていくことを意味するのである。そして、こうした高齢者の困難性を軽減、解消していくためのソリューションがエイジテックなのである。
またこれを別の側面から見れば、高齢者の増加は、いずれ訪れるかもしれない生活困難を避けようとする予防意識を持つ人々が増えてくることをも意味する。すなわち極めて潜在的な課題解決ニーズの高い市場であるということも出来る。
高齢に伴う老化を止めることはできないが、出来るだけ健康であり続けたい、人に迷惑をかけず自立した生活を続けたいという欲求は、日本のみならず世界全体の高齢者共通の望みである。そうしたニーズが高まる中で解決方法のひとつとして期待されるのがイノベーティブなテクノロジー活用である。従来、常時把握が困難であった検診データが、センサー技術によりリアルタイム情報として可視化される。A I(人工知能)とビッグデータの活用で、将来フレイルとなる可能性が予測データ化される。エイジテックにより、こうしたことが現実に可能となりつつある。
加えて、先に述べたようにエイジテックはヘルスケア分野に留まるものではない。例えば、買い物、食事、住まいなどの、ちょっとした困りごと援助などから、認知症ケア、事故防止、遺言相続の領域まで、エイジテックが対応できる可能性は幅広い。
ベンチャーファンドの注目
AARPに限らずエイジテック市場を格好の投資対象と考えるベンチャー・ファンドも次第に生まれつつある。
ヘルスケア分野やシニアリビングに深い興味を持つ投資銀行のジーグラーとリンク・エージ・ベンチャーズが組成したファンド、ジーグラー・リンク・エイジ(Ziegler Link Age)は、長寿化社会に焦点を合わせたファンドである。高齢化とポスト急性期ケア市場に焦点を合わせたファンド2つで1億ドル以上をこの市場で活躍する24社に投資している。同ファンドの最高投資責任者ジョン・ホッパーは、「この市場では何千もの企業が高齢者を追いかけている。また、高齢者の中には、より長く活動したい、自宅で老後を過ごしたいと考える人が増えている中で、テクノロジーは、高齢者層が求めるサービスを提供するためのパズルの大部分を占めると考えている」と語る。
4Gen・ベンチャーズ(4Gen Ventures)も高齢者市場に注目したベンチャー・キャピタルである。同社は、金融サービス、保険、小売、不動産、健康・ウェルネス、レジャー、交通、仕事の未来など多様な分野で、長寿に関連した各種課題解決能力と事業拡大意欲を持ったアーリーステージ企業への投資を行っている。4Gen・ベンチャーズの共同経営者のひとり、ドミニク・エンディコット(Dominic Endicott)は、「現在のエイジ・テックは2007年頃の「フィンテック」を巡る状況に似ている」と語る。「当時、フィンテックが金融サービス産業に与える影響はごくわずかで、この言葉を知っていたのはごく一握りの起業家や投資家だけだった。しかし現在、フィンテック抜きに金融サービスの未来を語ることができないまでになっている。これと同様に、高齢化社会におけるデジタルイノベーションの動きは、今後のヘルスケア、医療・介護業界のみならず、高齢社会に関わるあらゆる産業に大きな影響を与えるようになっていくだろう」と彼は語っている。
ビル・ゲイツの妻であるメリンダ・ゲイツが設立した投資・インキュベーション企業であるピボタル・ベンチャーズ(Pivotal Vencures)と、起業家を支援するベンチャー・キャピタルであるテックスターツ(Techstars)は共同で、高齢者分野のスタートアップ企業を支援するプログラム「テックスターズ・フューチャー・オブ・ロンジビティ・アクセラレーター(Techstars Future of Longevity Accelerator)」を2020年7月に開始している。このプログラムに参加した10社のスタートアップには、その後の13週間でメンターシップや各種の事業育成プログラムが提供され、その後、両者の創業者や投資者たちに対し、自分の事業をアピールできるデモデイが設けられる。この10社には、本書で紹介するナボフォース(Naborforce)やワイズフィット(Wysfit)も含まれている。
エイジテックに積極的な国の特徴
次に、エイジテック企業の主な国別の状況について見ておこう。エイジテック企業の多くはいわゆるスタートアップに属する。スタートアップとは、革新的なアイデアや独自性で新たな価値を生み出す企業のことを指し、短時間のうちに急速な成長とイクジット(I P OもしくはM&Aによる他社への売却)を狙う。こうしたスタートアップ企業が数多く存在するのは圧倒的に米国であり、それに次いで中国、欧州、インド・東南アジア各国が盛んである。残念ながら日本のスタートアップ企業さほど多くはない。ユニコーンは、起業10年以内で未上場のベンチャー企業のうち、10億ドル以上の市場価値がある企業のことを指すが、米国調査会社「CB Insights」によると、世界にあるユニコーン企業の総数は900社を超えているものの、日本ではその数は6社にとどまるという。こうした流れと同様に、エイジテック展開企業としても米国、欧州、欧米、イスラエルの企業が多い。
米国、欧州にエイジテック領域のスタートアップが多いのは、先に述べた通り、これらの国々でも高齢化をビジネスチャンスと考える人々が多いためであろう。特に医療や健康分野を成長領域と考える人々にとって、高齢社会テーマは切り離すことができない。
一方で中国は、ヘルスケア・医療分野のデジタル革新は活発であるものの、エイジテック分野のスタートアップ企業数はまださほど多くない。中国でこの分野がまだ注目されていないのは、現在の高齢化率は12%(2020年)であり、まだ高齢化が深刻な課題として捉えられていないためでもあるだろう。
こうした動きを積極的に推進したのが、自分自身がMITやハーバードで学び、経営コンサルティングでもあった前ネタニヤフ首相である。彼は各種の規制緩和を進めることでイスラエルを「起業大国」として一躍著名にした。防衛上の必要性からセキュリティ技術は世界トップクラスにあるが、デジタルヘルス分野でもその技術はトップクラスにある。
同国のデジタルヘルス産業の強みは、国の医療データを幅広く活用できることにある。イスラエルでは、医療保険制度を担う4つの保険機構のいずれかに国民は加入しているが、それらの医療データは全てデジタル化して管理されている。これらのデータを利用したい企業は、機構と提携し、匿名化された医療記録をビッグデータとして活用することができるのである。現在、デジタルヘルス分野のスタートアップ企業は2021年8月時点で723社に上るという。また、スタートアップの育成に多大な貢献を果たしているのが、2013年に設立された「8200 IMPACT」で、これはイスラエルの中央諜報機関の上級同窓生によって設立されたインパクト・テック・スタートアップのためのアクセラレーション・プログラムである。今後本論でも紹介する「エフェクティベイト(Effectivite)」のCEOシャイ・グラノもこのプログラム経験者だ。
デジタルテクノロジー分野の人材が米国や欧州で豊富である理由について、その背景に冷戦の終結に伴う軍事産業のリストラがあったと日本総研の寺島実郎は語っている。冷戦期に軍需産業を支えた物理・数学・工学などを専攻した理工科系の人材が、軍需産業のリストラの中で、金融の世界に入り、「金融工学」の世界を拓き、その後の「金融資本主義」の基盤を築いた。加えて、現在のインターネットの基礎となったのも、冷戦期においてペンタゴンで開発された「分散系・開放系情報ネットワーク」であるアーパネット(ARPANET)の民間転用であり、こうした過去の軍事技術を基盤とした技術と人材の転用が、現在の「金融資本主義」、「デジタル資本主義」の背景にあった。このように考えると、エイジテックに1日の長があるのが米国とイスラエルであるというのは非常に腑に落ちる。
中国・インドのエイジング・マーケット
このようにエイジテックの動きは、米国、欧州、イスラエルが先行し、それに他国が追随しているが、将来の高齢者市場を考えた場合には、その市場規模から見て中国とインドの存在を無視することは出来ない。そこでこの両国の高齢者市場に対する主な取り組み状況について触れておくことにする。
図表3 中国の高齢者人口予測
United Ntions:World Population Prospects 2019 (https://population.un.org/wpp/Download/Standard/Population/)を筆者加工
まず中国の高齢市場状況である。現在の中国は高齢化率12%(2020年)と、さほど高いわけではない。しかし実は、高齢者(65歳以上)数はすでに1億2千万人を超えており、すでに中国は世界一の高齢者大国なのである。そうしたこともあり中国でも高齢者市場に対する注目が次第に高まりつつある。
しかし、主な関心対象は消費購買力を備えたアクティブシニア層で、エイジテックが対象とする“さまざまな課題を抱えた高齢者”層とはやや異なっている。
「銀髪経済」(シルバー・マーケット)が近年の中国のシニア市場を示す言葉である。現在の中国のシニア層は、1980年代に始まった市場改革を通じて富の蓄積が可能だった世代で、負債を抱えるX世代やミレニアル世代より大きな消費力を持つとも言われている。
2020年のアリババのレポートによると、60歳以上の顧客は、他の年齢層と比較すると“淘宝(タオバオ)”での消費が活発で、彼らが淘宝で使う金額は過去3年間で21%増加し、成長率はZ世代に次ぐものだという。中国における60歳以上の高齢者ネットユーザーはすでに9,682万人に達しており、彼らによるネットショッピング・パワーが期待されている。
こうした高齢のネット利用者に向けて、検索エンジンの百度(Baidu)が、高齢者向けに文字を拡大したアプリを発表したり、ライドサービスを展開する滴滴出行(Didi)が、高齢者がより簡単にタクシーを呼ぶことにできる「Didi Care」を発表し、高齢者のネット利用を促進する動きが見られる。中国国務院も高齢者がウェブサイト、アプリなどを利用しやすい環境に整えるよう義務付けるとともに、高齢者ニーズや習慣に対応した製品の開発を奨励するための一連の措置を2020年11月に発表した。imediaの調査によると、中国の高齢者はニュースアプリ、音声コンテンツアプリなどの利用率も高いという。
こうした動きの中で、中国においても、アクティブシニア層を対象とするエイジテックのスタートアップがいくつか誕生している。シニア向けのダンスアプリを展開する「糖豆(Tangdou)」や、簡単に写真を編集・コラージュし、S N Sで共有できるアプリ「美篇(Meipian)」、80年代、90年代に生まれた子供たちの両親世代の健康サービスを提供する「善診(shanzhen)」などがそうである。また、さまざまなデジタル技術を駆使しながら、施設、在宅介護を行おうとする「スマート養老」という視点も近年生まれつつあり、その実践は端緒についたばかりではあるが、今後広がっていくことが予想される。
今後中国の高齢化はさらに急速に進むことが予想される。長年続いた一人っ子政策の影響もあり、中国は少子化に歯止めがかかっていない。高齢化スピードの指標として、高齢者率が7%から14%になる所用年数である「倍化年数」があるが、日本の倍化年数は24年(1974→1994)と、当時世界で最も早いスピードで高齢化が進んだ国であるが、中国はそれに次ぐ25年(2001→2016)で進むと予想されている。Ai Media Consultingが発表した「2021年中国銀髪経済産業調査報告」によると、中国の銀髪経済市場規模は2020年には5.4兆元(約96億円)に達したという。今後「銀髪経済」に対する注目はさらに高まることだろう。
もうひとつのインドはどうだろうか。2020年時点での高齢者数は9千万人と中国に次ぐ数であるが、高齢化率は6.6%と極めて低い。高齢者実数は多い一方、年間の出生人口数も2200万人と多いために高齢化率スピードも非常に緩やかで、2050年においても高齢化率は14%弱に止まる。そのせいもあってか、同国内で高齢者マーケットに対する機運が高まる様子は今のところさほど見られていない。 むしろインドは、市場としての注目というより、イスラエルと並ぶデータサイエンス人材の輩出国として注目すべきされている。本書で紹介しているエイジテック企業の中には米国で活躍しているインド出身の創業者やデータサイエンス分野のテクノロジストが多数存在している。例えばデジタル遺産の保管庫クロークル(Clocr)のCEO&共同創業者であるアポルバ・チンタラ氏を、ゼンプリー(Zemplee)の創業者&CEOであるアパルナ・プジャール氏(Aparna Pujar)をはじめとして、本書で紹介している企業のCTOなどにインド出身者は多数在籍している。
図表4 インドの高齢者人口予測
United Ntions:World Population Prospects 2019 (https://population.un.org/wpp/Download/Standard/Population/)を筆者加工
(「エイジテック革命」は毎週月曜日に更新します)